東日本の震災に思うこと。

久しぶりのブログ更新である。

東日本を襲った大震災。
阪神大震災を大きく上回る規模。
大津波や原子力発電所からの放射能漏れの可能性、石油備蓄基地流出など、過去にないほどの大規模である。

被害に会われた皆様に心からお見舞い申し上げるとともに、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。

私自身、イングこども英語スクール・ジョイワールド和泉中央校で執務中に、大きな揺れを感じた。
一緒にいた、国私立中学受験センターTOPSの理科講師であるTOPS和泉中央校長曰く「この揺れはかなり距離が遠い」との分析通り、震源地は福島。

それにしても、「国難」である。
奇しくも国会開会中。
混乱する政治であるが、さすがに与野党が手を結んだ。

この状況を見て、感じた。
「お前ら、ええ加減にせぇ!」と、神様が怒っているんじゃないか、と。

助け合いの精神を忘れ、自分のことばかり考えている日本人。
政治家でさえ、そう。

危機に接することで、「力を合わせて乗り越えろ」という「神のお告げ」を感じないでもない。

修羅場は、人間を成長させる。
国の単位でも言えるのかもしれない。

1月末に母が逝去した。
それ以来感じるのだ、母からのメッセージを。

悲しみの中で、乗り越えなければならない試練を。
でも、きっと見守ってくれていると思える。
神となった母が。

日本もそうに違いない。
「神の国」日本である。

国民みんなで、乗り越えなければならない。

そのために、ひとりひとりができることは何か。
それを、まず考えることが大切ではないだろうか。

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この記事へのコメント

なんちゃって社長
2011年03月13日 21:03
同感ですね

何を差し置いても、まずは人命
これに手を差し伸べる事は、何はともあれ人としての最低限の道徳だと思います。

バランスを顧みない自我のごり押しは
見ていて辟易とするものです。

そんな事に貴重な時間を費やすのではなく
社会道徳や人間道徳に基づいた、適切な見識の下
力を一つに束ねる事が、どれほどの大きな力になるのか?

与野党が手を組んだ時点で
「 まだ救いはある 」 と思えますね。

被災者に心からお見舞い申し上げます。

また、犠牲となった方々には
せめて冥福を祈りたいと思います。

私に出来る事
小さな事しか出来ませんが
それらが束となって、被災地に届くよう祈るばかりです。

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